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物書きを目指して

小説家を目指しています。ノープランから長編ミステリ小説を書き上げる経過をつづるブログです。

事件が起きていないのに謎を追うには

ここ数日、今日こそは、今日こそは、と思いながら、うまく時間調整ができずに小説に割く時間がまったくつくれずにおります。今朝はお弁当までつくれたけど。

青黄白赤黒、だっけ?  お弁当の彩りを考えるのに、最近知ったこの言葉を意識してる。これを意識するだけでほんとうに盛り付けがあざやかになってよいです。この5色を取り入れるだけでいいの。何気にいちばん難しいのが黒。ひじきとか海苔とか何かの焦げ目とか、あんまりレパートリーが多くない。

 

まあお料理の話は置いといて。

 

「怒り」にならって複数候補の人物当てを取り入れ、被害者当てをやろうと考えたんだけど、被害者当てをやろうとすると、時系列が難しい。犯人当ての場合は、事件が起きて、犯人が不明で、そこから犯人候補の人物像を描写する流れができる。でも、被害者当てをつくろうとすると、事件が起きた時点で被害者がわかる。もちろん小説なので伏せることもできるんだけど、登場人物たちに伏せておくのはすこし難しい。

そして事件の後に被害者を描写することもできない。被害者は死んでるから。そうなると、必然的に時系列が逆になる。未来の事件を先に描写してから、過去のエピソードを書くことになる。その構成自体はまったく問題ないんだけど、未来の事件を………

 

あっ、そうか!

わかった。

いままで警察ものや探偵ものみたいな作品は避けたい、だから一般の共感できる人物を主人公にしたい、と考えていたけど、この構図ならそれが簡単にできるのか。過去の段階では、まだ一切事件が起きていないから、警察とかが大きく関与せずに謎追いができる。

というか「怒り」はそのへんすごかったなあ。警察は動いていたけど、基本は事件と関与不明な状況のの三人の犯人候補について描写してたから、周囲の人物は警察とか探偵ではなかった。

 

でも難しいのは謎を追う感情だなあ。事件が起きていない段階で登場人物たちに疑問を抱かせるにはどうしたらいいだろう。でもそこでも「怒り」を参考にすると、つまり正体不詳の人物像を描けば良いということか。いやしかし、あまり「怒り」に影響されすぎるのもよくないかなあ。もうすこしそこについて考えて見ないといけないな。